mizuho_seikatsuの日記

一般社団法人Saa・Yaが運営している生活訓練「みずほ」のブログです。週に数回更新をする予定です。

いい知らせと、悪い知らせ…

 今回はりんご雨です🍏

 

先日、地震が鹿児島を襲いました。例外なく、みずほも揺れました。

下から突き上げるような縦揺れ。

電柱があんなにユラユラと揺れる…

 

液状化でもしてるのか!?(@A@;)

 

と思うほど揺れました。

 

熊本や東日本大震災や今九州を襲っている豪雨を思いました。

普段から避難訓練などをしていたので、みずほのみんなも無事避難できましたが、

正直怖かったです。

 

私も危機管理を持ち、普段から気を付けていこうと思います。

日頃からの防災の必要性をひしひしと感じました。

 

 

最後に、♡素敵なお知らせ♡

 

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なんといっちーさんみっちゃん

結婚することになりましたー♡♡

 

 

その、舞台裏♪

 

うぉーりーが花冠を用意!

フラワーシャワーにも使い、一気に華やかさがプラスされました♡

 

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 女子が喜ぶかわいさで👼

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💐お二人ともお幸せに!!💐  

 

 

 

 

人生の意味と目的 4  つづき

今日はNaochannが前回の続きを書きます。

 7月4日、私たち”しごと生活サポートセンターみずほ”の利用者はみんなでコラージュ作りをしてみました。コラージュというのは、印刷されているチラシなどを切って張り付けて作る芸術です。コラージュには人の心理が現れるそうなので、作った後みんなで検討しました。下のはNaochannの作品です。

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 さて、ここから前回のカール・バルトの神学の続きです。

フォイエルバッハは”神が人間を創ったのではなく、人間が神を作ったのだ。だから、神学は実は人間学である”と、神の問題を人間の問題にまで引き下げてしまいました。そしてマルクスへと橋渡しをしました。

 19世紀から20世紀の神学は、人間精神の分析と宗教意識の探求であり、人間中心の神学でした。

 そこでバルトは人間から神にアプローチするのでなく、聖書に書かれてある神が、人間についてどう言っているかを分析しようと視点を逆転しました。

 そしてそこで示されているのは、人間の側から神と人との結びつきを考えるのではなく、神の自由な運動として信仰の出来事が起こるというものでした。

 神様は自己生成する神様で、自己の自由を人間に明け渡して、人間とともに苦しむことを通してさらに無限に成長を遂げようとなさっておられるのかもしれませんね。

              本日のブログはNaochannが書きました。

人生の意味と目的  4

 本日のブログはNaochannが書きます。

 6月28日水曜日は、私たち”しごと生活サポートセンターみずほ”の利用者みんなで午前中に”ルーツ”というDVDの最終話を観賞しました。”ルーツ”というのは、アレックス・ヘイリーという人が原作の文学作品で、アフリカ大陸からムリヤリ連れてこられた

黒人の人たちの苦難の人生を描いている名作です。

 午後はインターネットで鹿児島の偉人について調べてみました。

まだまだ地元の歴史についても知らないことが沢山あるので、もっと勉強しないといけないなぁと痛感しました。

 

 

 さて、今回はカール・バルトという神学者とその周辺の人々について書こうと思います。

古代や中世から”神中心”の傾向と”人間中心”の傾向があったわけですが、近代の人間中心主義では、人間の特徴を理性に求めました。

そして理性によって人間を迷妄から目覚めさせ、社会も経済も発展させられると考えました。しかし第一次大戦により理性に対する信頼は崩れました。

大戦が終わった直後の1919年、スイスの神学者バルトの“ローマ書講解”が出版され、1922年改訂版が出ました。

 それまでの自由主義神学では、”人間にとって神とは何か”が問題となっていました。

例えばシュライエルマッハーは、宗教とは人間が神・宇宙に寄せる信頼の情だ”

といい、宗教を人間の感情や直感に還元しました。

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 しごと生活サポートセンター”みずほ”では、プログラムの一環で、手作り石けんの製作をしました。    

       続きは次回のブログに書く予定です。今回はnaochannが書きました。

 

みずほカフェ

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写真はいっちーの初みずほの店員デビューの様子です。

 

マスターに扮するうぉーりーから声のかけ方など、メニューを聞いて出していきます。

 

 

前にあげた、ジョニーコロボックルとはまた違う和む雰囲気になりました♪

 

いっちーの笑顔がステキですね^^

 

 

さらに、慣れてない接客用語や、注文をとるところからのスタートです。

 

いらっしゃいませ

ありがとうございます

少々お待ちください

かしこまりました

お待たせしました

 

お客様を接待しながらの接客用語は難しいですよね。

 

いつかまた、どこかで私も使うんだろうな…と思いながら、

様子を見ていました。

最近の、成長していくジョニーに驚くリンゴ雨でした(@A@;)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人生の意味と目的 3

  今日のブログはNaochannが担当します。

私たちが利用させていただいているしごと生活サポートセンター”みずほ”では、いろいろなプログラムが実施されていますが、6月13日火曜日は利用者の皆さんとスタッフの方といっしょに「ルーツ」というドラマのDVDを見ました。

 アレックス・ヘイリーという人の文学作品を映像にしたもので、私、Naochann

はそれを読んで、感銘を受けたので、通販で手に入れました。

 

 皆さんは読まれましたか?アフリカの現地の人がムリヤリ奴隷船に閉じ込められて、

アメリカ大陸に連れてこられるシーンなどが印象に残る名作です。

黒人の皆さんの苦悩などがよく伝わってきました。

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 さて、今回は、ドストエフスキーの文学作品について書こうと思います。

彼は”神の死”=「神を信じることが出来ない人間中心の社会」の到来をいち早く予言した人物でもあります。(ニーチェも彼の作品を読んでいますね)

彼の作品の多くは神を信じることができずに欲望のために生きる人や、世の中を冷笑的(シニック)に批判する人や、神を信じようとしてそれが出来ずにいる不信の人々

 

などが彼らの人生模様を通して、現代に生きる我々に多くを訴えてきます。

 

”人間中心”では、その根底となるものが何も見つからなくて、すべて人間の自由意志

に任せることしかできなくなってしまいました。

カントの”定言命法”という倫理思想も、根底には“善意思”や人間理性に対する信仰告白

にすぎなかったし、ヘーゲルも人間がすべてを把握し、改善し、作り出すことができるという理性絶対主義でした。

 

そして第一次世界大戦で、それらの信念が崩れ去ってしまいました。

理性的で先進的だったはずのヨーロッパで最もひどいことが起こったからです。

 

 私たち人類の未来はどうなっているのでしょうか?どんな思想が形成されているのでしょうか?

 

                  今回のブログはNaochannが書きました